体育祭は、盛況の内に終わった。
 明日は文化部発表会だ。市内の劇場を借り切って行う、演劇部や放送部、ギター研究部などには大舞台となる。そうして、そのあとに後夜祭バンドの選考会も行われる予定だ。
「高遠のヤツ、明日は大丈夫なんかな?」
 着替えが終わると、晶は陽にそう顔を向けた。陽の鞄の横には、渡しそびれたコスチュームが入った紙袋もある。
「真由子ちゃんが大変なんだもん。来れなかったら仕方ないよ」
 ブレザーのボタンを留めながら、陽はそう苦笑いを浮かべる。
「でも、明日やろ? 後夜祭バンドの選考会」
「でも、仕方ないから」
「ボーカルがおらんかったら、話にならんやんか」
 そう言う晶に、陽は仕方ないという顔で眉を寄せるだけだ。
 晶はその陽に小さくため息をつく。
(諦めが良すぎるっちゅうか、なんかなあ…)
 そう思うと、ピンと思いつくことがある。
「陽、真由子ちゃんの見舞いに行こうや! ついでにそのコスチュームも渡してもうたらええ」
「えっ!?」
 晶の突然の申し出に、陽は目を白黒させる。
「た、高遠くんちに!?」
「そうや。柴田にでも家の場所は聞いたらええやん」
 晶はそう笑うと、早速部屋の中で美幸の姿を探す。
「柴田ーっ!」
 陽が止める間もなく、晶は美幸の元へ駆け寄っていく。美幸との多少とんちんかんなやりとりのあと、晶は笑顔で戻ってきた。
「バッチリ家の場所聞いてきたで」
「いいのかな…」
「見舞いや、見舞い。ケーキでも買って持ってこうぜ」
 晶はそう言うと、鞄を肩に担ぐ。
「行こ、陽」
「あ、うん…」
 教室を出ていく晶に、陽も押っ取り刀でついていく。
「楽しみやな〜、高遠と真由子ちゃんの巣窟」
「巣窟って」
 阪神菟原駅で電車を待ちながら、意地悪く笑う晶に、陽は眉を寄せた。
「高遠んとこって、両親海外で高遠と真由子ちゃんしかおらんらしいやん。あの万事無関心の高遠がどんな生活しとおか楽しみやんか」
 そう言う晶に、陽は苦笑いだ。
「真由子ちゃんがいるから大丈夫だよ」
 その陽の言葉に、今度は晶が苦笑いだ。
(さすが陽やなあ…。揺るがへんわ)
 それっきり、話題は別の方向へ流れていく。晶が、違う方向へ流したのだが。

 校舎を出ると、既に各クラスの男子生徒が駆り出されて、丸太で組んだクラス席や背後のクラス看板の撤去作業が始まっている。
「男子は大変だね。力仕事ばっかりで」
「その分、あたしらもコスチュームで苦労させられたがな」
「そうだね」
 そう言って、二人で笑っているとすっと背の高い影が差す。
「よっ」
「武藤」
「武藤くん…」
 見上げると、潤一郎だ。まだ体操服でいるところから、抜け出してきたのだろうか。
「おまえ、後かたづけの最中ちゃうんか」
「そんなん、力持ちの連中に任しときゃええねん」
 潤一郎は涼しい顔でそう言う。その言葉に、晶の眉はつり上がり、陽の眉は寄った。
「いこうぜ、陽」
「あ、うん…」
 踵を返す晶に、陽は少し躊躇して潤一郎に背を向ける。
「明日頼むで、葛城」
「あ、うん!」
 少し振り返って、陽は潤一郎に頷くと、晶に駆け寄っていく。
 潤一郎はそれを見送ると、またぶらぶらとクラスの方へ戻っていった。

 阪神菟原駅から一駅で、圭介たちの暮らす深江に着く。
 駅前のケーキ屋でケーキを買うと、晶と陽は美幸に聞いた道のりを頼りに歩いていく。
「ああ、ここやここや」
 美幸に聞いていた通りに歩き、聞いていたマンション名を見つけて、晶はほっと一息つく。
「ここの403号室やな」
 四階建ての小さなマンションの階段を、晶は小気味よくトントンと登っていく。少し遅れて、陽も続いた。四階に上がると、表札には「高遠」の文字がある。
 陽が四階にたどり着くと、晶はもう部屋のチャイムを押していた。
「晶ちゃん!」
「エエからエエから」
 慌てる陽に、晶はそうニッと笑う。
『はい?』
 インターホンから聞こえてきたのは圭介の声だ。間違いようがない。
「高橋と葛城やけど。真由子ちゃんの見舞いに来たで」
 晶は普段と全く変わらない口調でそうインターホンに話しかける。既に緊張で上がってしまっている陽には、その晶が羨ましく見えた。
「おっす」
 出し抜けにドアが開いて、圭介が顔をのぞかせた。
「見舞いにケーキ持ってきたで」
「ま、入れや」
 ケーキの入った箱を掲げる晶と、苦笑いの陽を見比べたあと、圭介はそう言ってドアを全開した。
「テキトーに座ってや。真由子、まだ寝とおから」
 自分の部屋に二人を通したあと、圭介はそう言って座布団を勧める。
(これが高遠くんの部屋なんだ…)
 陽は、腰を降ろすことも忘れて圭介の部屋を見渡していた。特に飾りっ気もなにもなく、本棚には幾つかの漫画本と教科書やノートが刺さっているだけ。机の上は意外にもこざっぱりと片づいている。ラジカセの横に積み上げられたカセットテープのケースだけが、圭介のわずかな特徴を示していた。
「なにも聞かずに買ってきたけど、真由子ちゃんケーキとか平気か?」
 晶が圭介にケーキの箱を渡しながらそう聞く。
「あいつ乳製品全滅やからなあ。アップルパイとかチョコケーキやったら平気みたいやけど」
「そら良かったわ。生クリームのケーキ、半分やから」
「食欲あんまりないみたいやから、食えるかどうかはわからんけどな。ありがたく冷蔵庫にしまっとくぞ」
 圭介はそう言うと、部屋を出て台所に消える。
「陽、なんかおもろいもん見っかったか?」
 まだ立ちつくす陽に、晶はそう声をかけた。その声に、陽は一瞬びくっと肩を震わせて晶を振り返った。その顔は苦笑いだ。
「とにかく座りいや」
 晶は、隣の座布団を叩いて陽を促す。そんなところへ圭介が飲み物を入れて戻ってきた。
「ま、こんなもんしかあらへんけど」
 そう言いながら、圭介は晶と陽の前にソーサーに乗せたティカップを置いていく。コーヒーと紅茶の香りがほわんと漂った。
「へぇ、高遠ってこういうのもできんねんな」
「いちおー、喫茶店でバイトしとおからな」
 感心したように言う晶に、圭介はそう言って得意げに笑う。
「それに、前店に来た時、葛城はコーヒーやなくて紅茶頼んどったやろ?」
「そんなのも覚えてるんだ…」
「商売柄な」
 陽にも、圭介はそう笑顔を向けた。陽の頬がほんのりと染まる。
「真由子ちゃん、どうなんや?」
 晶はそのタイミングでふっと話を挟む。なんの気ない圭介の笑顔だが、陽がそれに反応してしまうのは見ていて辛い。自分から行こうと言い出したのではあったのだが。
「風邪やわ。熱がちょっと高いだけで、なんも心配あらへんわ。1週間も寝込んだら治るやろ」
 圭介はそう言うと笑う。自分用に入れてきたコーヒーを口に運ぶ。
「明日の選考会は出れるんか?」
「まあ、問題ないやろ。寝かしとりゃ大丈夫そうやから」
 その言葉に、陽がホッとした表情を見せる。
「葛城も、明日は頼むな」
 そう声をかけられ、陽は大きく頷く。その笑顔は、晶には辛いものだ。必死の苦笑いで心の奥を隠す。
「そうだ…」
 陽はそう呟くと、鞄の横に置いてあった紙袋をたぐり寄せる。
「これ、今日のコスチューム。…使い道なくなっちゃったけど…」
 軽い苦笑いを浮かべながら、陽はそう言って紙袋を圭介に渡した。
「さんきゅ。着る機会ないかも知らんけど、ありがたくいただくわ」
 そう言った時、隣の部屋からごそごそと物音が聞こえた。圭介がすっと立ち上がる。
「起きたかな?」
 部屋を出て、真由子の部屋をノックする。小さな真由子の声のあと、圭介は真由子の部屋に消えた。
「お兄ちゃんやなあ」
 晶はそう苦笑いを浮かべる。圭介の私生活をかいま見るのはくすぐったい。万事無関心の裏には、こういう表情が隠れていたのかと思うと、それは新しい圭介の一面を知ったようで嬉しい。それは、隣で嬉しそうな笑顔を浮かべている陽も同じだっただろう。だが、晶が見ている圭介の姿と、陽が見ている圭介の姿は異なるようだった。晶は、陽の笑顔でそのことに気づかされた。
(陽は、高遠のどのあたりに惹かれたんやろ?)
 晶は、「万事無関心の裏側から顔を見せた力強さと優しさ」だとはっきりと自覚していたが、陽が圭介のどの部分に惹かれたのかは、これまで聞いたことはなかった。
(いっぺん、どっかで聞いてみるか…)
 そんなことを思いながら、ドアの向こうに目をやると、赤い顔をした真由子の笑顔が飛び込んできた。
「真由子ちゃん!」
 晶と陽が、ほぼ同時に声を上げる。真由子はその声で嬉しそうに笑った。
「こんにちは、晶さん、陽さん。わざわざすいません」
「まだ熱あんねんからほどほどにしとけよ」
 真由子の後ろから、圭介がそう声をかける。真由子は圭介を振り返らず小さく頷くと、圭介がさっきまで座っていた座布団にぺたんと腰を降ろした。
「ケーキありがとうございます。あとでいただきます」
「今日、県の大会やったんやろ? 残念やったな」
 真由子が軽く頭を下げると、晶がそう言う。真由子の顔に苦笑いが浮かんだ。
「仕方ないです。来年また頑張ります」
「しっかり休んで早く治してね」
「はい」
 そう頭を下げると、その勢いで身体までもがフラフラと流れていく。その真由子の身体を圭介が軽く受け止めた。
「もう横になってろ。記念祭棒に振んぞ」
 圭介の言葉に、真由子は苦笑いを浮かべて小さく頷いただけだ。軽く晶と陽に頭を下げると、圭介に伴われて自分の部屋に下がっていった。
「真由子ちゃん、そうとう酷いみたいやな」
「うん…」
 晶の呟きに、陽も小さく頷く。二人ともここ数年たいした病気はしていないだけに、真由子の様子は見ていて辛い。
「明日になったら、少しは元気なってるといいな…」
「そうやな…」
 陽も晶も、そう呟いて圭介の部屋から見える台所を見つめた。いつもなら、そこは真由子の戦場であるはずだった。
 そこへ出し抜けにチャイムが鳴る。圭介がバタバタと玄関へ走る音が聞こえた。
「誰だろう?」
 陽の問いに、晶は両手を肩まで上げて、首を振る。
「佐竹、それに由衣ちゃん」
「お見舞いに来ました!」
 玄関から圭介と、元気な由衣の声が響いてくる。晶と陽は顔を見合わせると、台所へ顔を出した。
「高橋! それに葛城も」
 圭介の部屋から顔を出した晶と陽に、北斗は目を丸くする。
「それで女もんの靴が3つも玄関にあったんか」
「佐竹こそ、真由子ちゃんの見舞いなんて、予想外やな」
 苦笑いの北斗に、晶がそう意地悪く笑う。
「安藤に引っ張ってこられたんや。斉藤の見舞いついでに、今日の報告ってな」
「お邪魔しまーす!」
 少し赤くなった北斗の言葉が終わらない内に、由衣はそう宣言して真由子の部屋に駆け込んでいく。
「マユ〜、あんたの好きなナダシンのおはぎ買うてきたで〜!」
 部屋から飛び出してくる声に、晶と陽は顔を見合わせて苦笑した。微妙に的を外したのだなと。
「高遠、由衣ちゃんや佐竹も来たことやし、あたしらは帰るわ」
 晶の言葉に、陽も頷く。これ以上いたら圭介にも真由子にも迷惑になると考えたのだろう。
「悪いな、ロクに構いもできへんで」
「見舞いやからな。こっちは構われる必要ない」
 圭介にそう言いながら、晶は玄関に出て靴を履く。北斗は晶が出やすいように、一度狭い玄関から出た。
「また明日な」
 晶はそう言って振り返ると、ニッと笑う。
「高遠くん、明日は頑張ろうね」
 陽も靴を履くと、圭介にそう笑顔を見せた。
「ああ。やれる限りは頑張ろな」
「じゃあ、また明日」
 圭介の笑顔にそう笑顔を返して、陽は晶の元に駆け寄る。二人して軽く手を振ったあと、階段を下りていった。
「意外な組み合わせやな、高遠と高橋と葛城って」
 階段を下りていく二人を見送ったあと、北斗が呟くようにそう言う。
「ま、真由子のこと心配して来てくれたみたいやからな。佐竹も行ってこいよ。風邪だけはもらわんようにな」
「わかっとおよ。お邪魔」
 北斗は圭介にそう言うと、部屋に上がって真由子の部屋にゆっくりと入っていく。その様子を見とどけ、圭介は廊下から空を見上げた。オレンジ色の空は、明日も晴れだと教えてくれているようだ。
「さあて、明日はがんばんねえとなあ…」
 そう呟くと、部屋に戻る。
 真由子の部屋からは、賑やかな由衣の声が響いていた。

                                  To be continued…

2008.11.01 Ver.1.00 Up

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