| それから、何事もなく1週間が過ぎた。 既に看板作りやコスチューム作りはデザイン担当の生徒が中心になって動き出している。特に女子生徒は男子生徒の分とふたり分のコスチューム作りが割り当てとして回ってくるだけに、他の作業に積極的に関われない生徒が多かった。 「お〜い、女子は今日の放課後全員ちょっと残ってよ〜。コスチュームの男子分、割り当て決めるから〜」 昼休みに突入するなり、女子の委員長が教室内でそう声を上げた。不満の声がいくつか挙がるが、それには無視を決め込んでいる。 「そっか、記念祭ゆうことは今年もそれがあんねんな」 「わたしたち、家庭科が壊滅的だから当たった人かわいそうだね」 弁当の準備をしながら、晶と陽はそう言いあう。 第5話でも書いたとおり、このふたりは家庭科の内容がとにかく苦手だ。料理にしても裁縫にしても。座学、体育共に得意なふたりにとって、家庭科の授業は唯一とも言っていいくらい苦痛な時間なのだ。 「コスチューム作り参加せんでええなら、屋台でも看板でもなんでもやったんのになあ」 晶は弁当をつつきながら、ため息の出そうな顔でそう言う。 「看板は男の子の仕事だもんね。屋台も柴田さんが陣頭指揮取って、順調に進んでるみたいだし」 陽もそう言って苦笑いだ。やらずにすむならやらずにすませたい。 「武藤らのバンドはどないなったんかな?」 「そう言えばそうだね。あれからどうなったんだろう?」 ふたりはそう言って、圭介と北斗が弁当をつつく席を振り向いた。潤一郎はどこに行ったのか姿は見えない。 「あとで聞いてみるか?」 「そうだね。武藤くん戻ってきたら聞いてみようか」 そうしてふたりの談合は終わり、潤一郎が戻ってきたのは、昼休みもあと10分で終わる頃だった。 「おーい武藤!」 圭介の席で引っかかっている潤一郎の所へ行って、晶がそう声をかけた。潤一郎は少し意外そうな顔をして振り向く。 「おう、どないした、高橋?」 「バンドの調子、どないや?」 「どないもこないもあるかよ」 晶の声に反応したのは圭介だ。少し表情が憮然としている。 「どういうことや?」 「まだメンバーが全部そろわんねや。このままやと不完全な編成で出ることになってまうな」 圭介の表情の意味を知りたくなって聞いた晶に、圭介がそう答える。潤一郎が手間取っていることが意外でもあるようだ。 「どのパートが足りないの?」 「キーボードなんやわ。なっかなか男でキーボード弾けるっちゅうのは難しゅうてな。武藤潤一郎一生の不覚ってやつや」 陽の問いに、潤一郎は情けなさそうに顔を歪めて見せた。 陽は潤一郎の言葉の中に、探す答えのひとつがある気がした。 少し勇気を出せば、その答えに手が届きそうだ。 今までの陽なら、ここで躊躇しただろうが、この半年で陽は少しだが変わった。 手を伸ばすためのほんの少しの勇気を、圭介からもらっていた。 「それって、絶対男の子じゃないとダメなの?」 「おっ、誰か心当たりあるん? 心当たりあるんやったら女の子でも大歓迎やで!」 陽の声に、潤一郎の表情が輝く。どんな小さな希望でもあるにこしたことはない。キーボードが及第点以上なら、今年はベストメンバーだと言えるのだから。 「わたし、手伝おうか?」 陽の声に、場が一瞬固まった。 「あ、あれ? ダメ…かな」 絶句する圭介たちを見渡して、陽はオロオロする。何かまずいことを言ったのかと慌てて頭の中で諮問した。 「いや、そんなことはないねんけど…」 潤一郎がめずらしく狼狽えた声でそう言う。 「葛城がバンドって、イメージと合わへんちゅうか…」 圭介さえもそう言う。 「まあ、ええやんか。陽がやりたいっちゅうてんねんから」 晶も思わず頬を引きつらせながらそう言った。 「陽のピアノの腕は、あたしが保証するわ」 「おーっ、高橋の保証付き! なら頼むで、葛城」 「よろしくな」 潤一郎と圭介にそう言われて、陽は照れながらうなずいた。 授業が終わると、昼休みに言われたとおり、渋々ながら女子生徒は全員残った。その帰り際、潤一郎から陽にメモが渡される。 「練習する時間、あんましないから。明日の17時に岡本のスタジオ・レッドスター借りてるから来てな」 そう言って渡されたメモには、スタジオの地図と電話番号が書いてあった。 「は〜い! クジ作ったから、引いて誰に作るか確認して、こっちに申告してよ〜! それが済んだら各自解散〜!」 委員長の金切り声が教室に響く。 「陽、引きにいこう」 晶の声が、地図をじっと見ていた陽を現実に引き戻す。 「あ、うん」 陽は晶にうなずくと大クジ引き大会の会場と化した教壇に向かった。 「はい、高橋さんと、葛城さん、引いてね」 「んじゃ、あたしこれ」 「わたしはこれで」 教壇に並べられたクジをふたりは無造作に手に取る。 小さく折りたたまれたクジを開くと、クラスの男子生徒誰かの名前が書いてあるのだ。 「えっ!?」 「なにっ!?」 クジを開いてふたりが声を上げたのはほぼ同時だ。そうして、お互い顔を見合わせる。 「陽、誰の引いた?」 「…高遠くん。晶ちゃんは?」 「あたし、武藤…」 軽く頬を染める陽と対照的に、晶はどんよりとした雰囲気を全身に漂わせている。 「はいはい、引いたのちょうだい。え〜と、高橋さんは武藤くん、葛城さんは高遠くん」 委員長はふたりからクジを受け取ると、書記にてきぱきと指示していく。 「はーい、次々!」 その流れから外れたふたりは、まだ好対照なコントラストを見せていた。 「よりによって武藤か…」 帰り道の途中になっても、晶はまだぶつぶつ言っている。その理由がわかるだけに、陽は苦笑いだ。 「陽はよかったな。高遠のが引けて」 見え見えの作り笑顔の晶に、陽は微苦笑を返す。 「でも、本当にどうしようね、これ?」 「なんか、武藤相手やと、いろいろ文句言われそうやなあ」 縫い物など専門外の二人にとって、仲の良い友達相手であってもこの責任は重荷だ。下手な物など作れない。 「あたしんとこはオカンも裁縫系ボロボロやからなあ。料理もオトンの方が上手いくらいやし。陽んとこのおばちゃんに習わなあかんかな」 「…お互いそうしよっか。型紙もらったら、うちで作る?」 「そうしょうか」 そう言って、晶は大きく息をついた。これがあるから記念祭前は憂鬱なのだ。演劇のことにしても、日常生活にしても、男ならよかったのにと思うことが何度あったか。それでも、そのため息ひとつで晶は気持ちを入れ替えた。決まったことは仕方ないし、いつまでもどんよりしていてもなにも始まらない。 「それにしても陽、よおバンドのキーボード、やる気になったな」 入れ替えた気持ちで、晶は陽に話を振る。その言葉で、陽の顔が目に見えて赤くなった。 「うん。何か高遠くんの力になれたらって思って…」 「そうやな。あたし音楽のことは詳しくわからへんけど、陽がステージでどう輝くのか楽しみにしてるわ」 晶はそう言って笑う。 陽の圭介へのストレートな思いは胸に痛い。 それでも、前へ進もうとしている親友の姿は素直に応援したい。 なにも圭介の力になれない自分のことは胸の奥にしまって。 「明日の練習、頑張れよ。あたしも、稽古頑張ってくるし」 晶の言葉に、陽は大きくうなずく。 その赤くなった頬が、晶の胸にトゲのような痛みを残した。 翌日、授業が終わり家に戻った陽は、制服を私服に着替えて、譜面が入りそうな手提げカバンを持って家を出た。摂津本山までは、この当時まだ甲南山手駅が開業していないこともあって、普通電車で一駅だ。 陽は普通電車を待ちながら、まだ夏の面影が残る空を見上げた。 春には思いもしなかった立場にいる自分を嬉しく思う。 (少しでも、力になれるかな…) 線路を渡る風に、目を閉じてみる。 いつも引っ込み思案で後ろ向きだった自分が、今は前に進もうとしている。 圭介への想いに引っ張られるように。 潤一郎や他のメンバーもいるが、練習の時は圭介はいつも一緒なのだ。 「楽しもう…。高遠くんと一緒にいられるんだ…」 陽は目を開けてもう一度空を見上げた。 ホームに西明石行き普通電車が到着するアナウンスが流れ、青い電車が滑り込んでくる。 陽には、その電車が自分を明日へ連れていってくれるように見えた。 To be continued… 2008.01.03 Ver.1.00 Up 2008.09.05 Ver.1.01 Up |