| 「武藤のヤツ、遅いなあ」 晶が戻ってから時間が経っても、潤一郎が戻ってこないことを訝しみながらも、圭介たちはまだ屋台を見ていた。 正確に言うと、もう「見ている」段階は終わって「食べて」いた。焼きそばを抱えた真由子の嬉しそうな顔がすべてを物語る。 「遅いね、武藤くん」 陽も冷やしあめを片手に、晶が戻った方を見る。もうずいぶん人が増えてきたので、南側のフェンス近くは見えない。 「いっぺん戻るか?」 圭介の問いに、真由子が首を振った。まだ食べたりないと主張しているようだ。 「真由子、おまえなあ」 「だって、まだとうもろこし食べてへんもん!」 「あ、圭介!」 顔をつきあわせる圭介と真由子の耳に、聞き慣れた声が飛び込んできた。全員が声の方を振り返る。 「あ、みんないるんや。こんばんは」 声の主は美幸だった。その横には、美沙もいる。 「美幸か」 「ハウ!」 そう言って、美幸は右手を挙げた。 「あ、葛城ちゃん浴衣なんや! かわいー!」 そう言いながら、美幸は陽のところへ駆けよってくる。普段あまり親交がないだけに、陽は少し面食らっていた。 「いいなあ、あたしたちも浴衣着てくるんやったなあ」 そう横の美沙に言ったりもする。 陽は、どう対処していいのかわからず苦笑いだ。 「高橋ちゃんは一緒じゃないんだ?」 「晶ちゃんは、場所取りの交代に行ってくれたの。武藤くんが場所取ってくれてるから…」 「みんな一緒なんやね」 陽の言葉に美幸は笑う。その邪気のない素直な笑顔に、陽はどことなく気圧される。自分がこんなふうに笑えるとは思えない。嫉妬と羨望が陽の心を埋めていく。 「あ、そうや! 圭介、今日会ったんやから、昨日の約束果たしてや!」 「誰が約束した、誰が!」 美幸と圭介のやり取りに、陽は動揺する。いったい、何の約束があったのかと。 「昨日花火の帰りに言うたやん! 今日会場で会うたら、あたしと美沙にリンゴ飴奢ってやって!」 「え…?」 美幸の言葉に、思わず陽は声が漏れる。 花火? 昨日? (昨日は、メリケンパークの花火大会だ…) 陽はようやく思い出した。 (じゃあ…) 美幸の言葉だと、圭介と美幸は昨日ふたりで花火を見に行ったのだろう。 (本当に、高遠くんと、柴田さんって、幼なじみなだけなのかな…) そんな暗い考えが闇から降りてくる。 陽は押しつぶされそうになった。 「約束してへん! たかんな言うたやんけ!」 「バイトしてんねんからエエやん! ケチ!」 だだっ子のようにすねる美幸の表情と、その美幸に手を焼いている圭介の様子が胸に痛い。ふたりの間に積み上げてきた歳月が見えた。それは、どうやっても今の自分が持っていないものだ。 「ケチでエエわ! さっさと他回れ!」 「エエもん! 行こ、美沙」 そう言いながら、美幸はぷいっと顔を逸らす。美幸と同じように幼なじみの北斗と話していた美沙は、苦笑いの顔を美幸に向けた。 「じゃあね、葛城ちゃん、マユちゃん、佐竹くん」 そう言って手を振る美幸に、陽も笑顔で手を振った。 うまく笑えている自信はない。 それでも、陽は手を振った。 「さ、俺らもそろそろ戻ろか。…どないしたんや、葛城も真由子も」 圭介にそう言われて、陽ははっと顔を上げた。そうして、思わず真由子と顔を見合わせる。真由子も、圭介の声に弾かれたような顔をしていたからだ。 「とうもろこし買って戻りましょう、陽さん」 ふっと笑顔になった真由子に、陽もようやく本当の笑顔が返せた。 「そうだね。武藤くんも晶ちゃんも、おなか空かしてるかも知れない」 「おー、戻ってきた戻ってきた」 「おかえりー」 圭介たちが潤一郎の取っていた場所に来ると、潤一郎と晶が圭介たちを出迎えた。 「なんや、結局武藤動かんかったんか」 レジャーマットの上に腰を降ろしながら、圭介はそう聞く。 「そうやねん。高橋がどーしてもおってくれ言うてな」 「誰がや!」 もの凄い勢いで晶は潤一郎の言葉に突っ込む。その様子を見ていると、陽は少し羨ましいと思う。晶はいつも嫌がっているが、晶と潤一郎のようなくだけた関係に、圭介となりたいのだ。それには、自分に足りないものがあるとわかるだけに、その思いはつのる。 「武藤さんと晶さんにも焼きそばととうもろこしとたこ焼き、買ってきましたよ〜」 「さすが真由子ちゃん! 俺の愛人にならへんか? 直行便で天国まで招待したるで」 「遠慮しときま〜す」 「や〜い、振られてやんの」 そんなコントのような会話が、仲間たちの笑いを誘う。真由子の明るさが、潤一郎や北斗を惹き、圭介も仕方なくつき合う形になった。 そんな中、ようやく潤一郎から解放された形になった晶が、陽の隣に移動してきた。 「晶ちゃん、お疲れさま」 「ホンマお疲れやわ」 そう言って、晶はホッとため息をつく。その様子に、陽は思わず笑った。 「晶ちゃん、ホントに武藤くんに気に入られてるんだね」 「やめてや」 陽の言葉を、晶はそう拒絶する。それでも、陽は笑っていた。 「陽…」 「ちょっと羨ましい…。晶ちゃんは嫌がってたとしても」 陽はそう言うと、立てた膝に顔を埋める。 「あんなふうに、高遠くんとなれたらなって…」 その時、夜空を色とりどりの光が焦がした。 歓声が上がる。 陽と晶も顔を上げた。 打ち上げ場所が近いのか、夜空に散らばった光は、降るように覆い被さっていた。 「どうやったら、柴田さんみたいに高遠くんに近づけるんだろう…」 その言葉に、晶は思わず陽の横顔を見つめた。悟りきったような、諦めたような表情を、夜空の光は照らしている。そんな表情を一瞬見せたあと、陽はふっと笑った。 「柴田さんが、この打ち上げ花火なら、わたしは線香花火だなあ…。わたしも、夜空であんなふうに輝いてみたいなあ…」 そう言われて、晶もつられたように空を見上げた。花が開いた瞬間、全身に響く爆音が会場を揺らす。 陽の言葉は、晶も同感だった。美幸に感じる劣等感のようなもの。それでも、晶は演劇が自分を支えてくれていた。晶は、輝ける場所を持っている。陽には、それがない。道の脇にひっそりと咲くシロツメクサに、どれだけの人が気づくだろうか。 「…それでも、線香花火には線香花火の良さがあるやんか」 それがわかるから、晶はそう言った。 線香花火はたしかに花火大会の主役にはなり得ない。それでも、人の心を惹いてやまないものを持っている。 「陽に足りへんのは、自分を信じて自信持つことやで…」 花火を見上げながら、陽は頷いたようだ。 「ないものねだりなのは、わかってるんだけどね…」 「みんな完璧ちゃうんやで。あの柴田だって、きっとなんかで悩んどるって」 「うん…。そうだよね…」 そう呟く陽の横顔を、穏やかな赤が照らす。 晶には、陽が急に大人になったように見えた。 去年には見せなかった陽の表情。 (そっか…。陽も苦しんどんねやな…) そう思うと、晶はもう一度空を見上げる。 (あたしは、どこへ行くんやろな?) 心の中で問いかけても、誰も答えなど持っていない。 親友の横顔と、惹かれていく圭介の背中。 晶はめり込みそうになる気持ちを抱えたまま、グッと顔を上げた。 そんな晶のしぐさに、潤一郎だけが気づいていたことは、誰も知らない。 また、大きな音を立てて花火が散った。 To be continued… 2006.08.05 Ver.1.00 Up 2007.09.06 Ver.2.00 Up |