| 家に帰り、風呂から上がると、晶は髪も乾かさずにベッドに転がった。結果的に間接照明で照らされた天井が、やけに眩しく見える。 (高遠、か…) そう思うと、晶はため息をついた。 まさか、陽の思い人である圭介に、自分が惹かれるとは思いもしなかった。だが、陽と張り合おうという気は起こらない。陽を大事な友達だからと思うからこそ、2枚のチケットを陽に手渡したのだ。それでも、少しだけ胸が痛んだことだけが、晶の気持ちを重くしていた。もしも、今の気持ちが育ってしまえば、陽と真っ向から争うようなことになりかねないだろう。負けず嫌いな自分の性格は、嫌と言うほどわかっている。 (それだけは、嫌やな…) 陽が晶を信頼し、ある意味頼り切っている反面、晶も陽を必要としていた。陽との関係が壊れるくらいなら、この想いは育たずにいてほしかった。 (だから、これでええんや…。陽の想いが叶ったら、あたしは高遠のこと、また今まで通りに見れるはずや…) 引っ込み思案で奥手な陽をけしかけることが、これからも2人のいい関係を築いていくもっともいい方法に思えた。 (大丈夫や…。高遠は、陽が惚れとお相手なんやから…。あたしは、ただのサブキャストやねんから…) 晶はそう思いながら眼を閉じた。 その言葉に逆らっているもう一人の自分を自覚しながら。 同じ頃、陽は自分の部屋で、貰ったチケットを見ながら悩んでいた。 (高遠くん、来てくれるかなあ…) そう思うと不安になる。いくら助けてもらった礼とは言っても、いきなりデートに誘うのはやりすぎのような気もした。家まで運んでくれた北斗と差別化するのも気が引ける。だが、陽にとって、北斗はただの友達であり、それ以上にはなり得なかった。北斗に他に思い人がいることからも、北斗もそれを望んでいないことがわかる。 (ごめんね、佐竹くん…。佐竹くんには、また別のお礼するから…) 心の中で北斗にそう言い訳をして、陽はもう一度チケットを見た。 (…お礼だし、早いほうがいいよね) 自分にそう理由をつけて、ようやく陽は腰を上げた。 アドレス帳を開いて、圭介の家の電話番号を確認する。 2階の廊下に置かれた電話の前に立つと、胸が苦しくなるくらい早鐘を打っているのがよくわかった。ピアノの発表会の前でさえ、こんなに緊張したことはなかった。 (…大丈夫だよね。晶ちゃんの名前を出してもいいんだし…) そう思うと、陽は意を決して受話器を上げた。ゆっくりと確認しながら圭介の家の電話番号を押していく。やがて、受話器から呼び出し音が聞こえ始めた。 『はい、高遠です!』 受話器から、一声で真由子のものだとわかる明るい声が響いてくる。 「真由子ちゃんこんばんは、葛城です。高遠くんいる?」 少しうわずった自分の声に少し焦りながら、陽はそう言いきった。 『陽さん、こんばんは! お兄ちゃんですね。ちょっと待ってくださいね』 明るい真由子の声はそう言うと遠くなり、受話器の奥で圭介を呼ぶ声が聞こえる。 『もしもし? 葛城?』 しばらくすると、圭介の声が受話器から飛び込んできた。 「あ、葛城です。こんばんは」 思わず緊張して、陽はよそ行きの声でそう言った。 『珍しいな、電話なんて。どうかしたんか?』 電話の奥の圭介の声は、普段と全く変わりがない。そのことが、少しだけ安心させてくれた。 「あ、あの…。昨日は、本当に危ないところをありがとう…」 『ああ、そんなんええって。2人とも無事やったし』 受話器の向こうの圭介は、改めて言われた礼に軽く笑う。 「その、それで…、昨日のお礼に、わたしと晶ちゃんからなんだけど、今度晶ちゃんの出る舞台のチケットが2枚あって…」 陽はそう言って、小さく深呼吸する。 『へえ…。高橋、もうすぐ舞台なんか』 圭介はそう感心したような声を出す。 「それで、よかったら…、本当によかったらでいいんだけど、一緒に、見に行かない…?」 自分で心臓の音が聞こえそうなほどの状態になりながら、陽はそう言った。そして、受話器の向こうの声に神経を集中する。 『それっていつ?』 「あ、あのっ、再来週の土曜日、夕方の6時から…。新神戸のオリエンタルホテルの劇場で…」 圭介に聞かれて、始めて自分が日時と場所を告げていなかったことに気づいた陽は慌ててそう言う。 『ああ、それやったらええで。高橋が舞台の上でどんなんなんか興味あるし』 受話器の向こうの圭介はそう言って笑った。 「あ、ありがとう!」 陽はようやくホッとして、自分でも驚くくらい元気な声を返していた。 『細かいことは、直前に決めるんでええか?』 「うん。本当にありがとう…」 『ええって。ま、あんなこともあった後やし、ボディガードのつもりでいくわ。じゃな』 「うん。おやすみ…」 電話が切れると、緊張の解けた陽は思わず床にへたり込んだ。そして、大きくため息をつく。 「…高遠くんと一緒に、出かけられるんだ…」 陽は呆然としながらそう呟く。その声が耳に届いて、始めて圭介とデートらしいことをするのだという実感がわいてきた。 「高遠くんと、2人で…」 そう呟くと、陽は真っ赤になって部屋に駆け込んだ。 「高遠に電話したか?」 翌朝、会うなり晶は陽にそう聞いた。けしかけはしたものの、奥手で引っ込み思案の陽の行動を心配したのだ。 「うん。した」 その晶に、陽は言って笑顔を返す。 「へえ、陽にしては行動早いやん!」 内心驚きながらも、顔は笑って晶はそう言った。 「で、首尾はどうやったんや?」 「…一緒に、いってくれるって」 目に見えてわかるほど赤くなりながら、陽はそう言って笑った。 「やったやん陽!」 晶はそう言って軽く陽の背中を叩く。 「せっかく2人なんや。帰りに飯でも食って帰ったらええ」 晶はそう言って笑う。 「うん。本当にありがとう、晶ちゃん」 「かまへんかまへん! 当日はもてなしできへんけど、しっかり楽しみや!」 陽の笑顔に、晶もそう言ってニッと笑った。 「あ、ちょっとトイレ寄ってから教室いくわ。先行っとって」 教室のある4階まで上がってくると、晶は陽にそう言う。 「うん、わかった」 陽はそう言って頷き、一人で教室へ入っていった。それを確認すると、晶はトイレに入り、手洗いの前の鏡で自分の顔を見た。 (…やっぱり、無理が見えてきてるな…) 少しきつくなってきている自分の目に、そう思わずにはいられない。陽と圭介がうまくいくように、陽を応援しよう。圭介と同じクラスになってから、今までそう思い続けてきたし、これからもそうしたいと思うのも事実だ。だが、気持ちは自分の意に反してどんどんねじれていく。そのねじれを表に出さないようにするために、晶は仮面をかぶることにした。だが、それが予想以上に気力を消耗しているらしい。 (これから、陽の前ではずっとこうしとらなあかんねんな…) 僅か2日で疲れの見え始めた自分の顔に、正直げんなりした。自分はもっと気持ちの強い人間だと思っていたから。陽が以前、圭介のことを熱っぽく語ってくれた時の言葉がふっと蘇る。あの時はなんとも思わなかったが、今はわかりすぎるくらいよくわかる。それがなおさら苦しかった。僅か2日であっても、どんどんどんどん気持ちが膨らんでいくのが自分でもわかってしまうのが辛い。 (陽には、絶対知られたあかん…) そう思うと、晶は鏡から目を外してうつむいた。ギリっとかみしめた奥歯が鳴る。 (なんで…なんでよりによって高遠なんや、あたし…!) その問いには、誰も答えてはくれない。無邪気に高遠を想い、ちょっとしたことでもはにかんで笑う陽が羨ましく妬ましかった。なぜ、初めて惹かれた男が圭介なのかと、運命を呪わずにはいられなかった。 (陽…。頼むから、あたしが暴走する前に、高遠とくっついてくれ…) 晶は祈るような気持ちでそう思うと、右頬に貼ったガーゼと湿布を勢いよく剥がし、水道の蛇口を一杯に捻った。溢れ出す水をすくうと、自分の顔にたたき付ける。 「おっしゃあ!」 鏡に向かってそう叫んでから、晶はトイレを出て教室へ向かった。 今日からはこの教室も、彼女にとって自分との戦いの場になってしまった。 To be continued… 2005.02.12 Ver.1.00 Up 2007.07.30 Ver.2.00 Up |