| 点呼が終わると、銘々好きな場所に移動しての観戦が認められている。そうなると、サボる者も出てくるが、昼と終了時にまた点呼があるので、そうそう上手くはいかないようだった。 「武藤く〜ん!」 点呼が終わり次第、潤一郎は甘い声に呼ばれていた。 「よお!」 その女子生徒に、潤一郎は軽く手を挙げる。 「向こうで一緒に見よう!」 「ああ、ええで」 潤一郎はその誘いに軽く頷くと、「じゃ、そう言うことで」と残った3人に軽く手を挙げて腰を上げた。 「ったく、相変わらずやな」 圭介はちらっと潤一郎の背中を見ると、また視線をグラウンドに戻した。 「ホンマにモテるんやな、あいつ」 晶は感心したように潤一郎の背中を見る。その先では潤一郎は他の女子生徒にも声をかけられているようで、立ち止まって話をしているようだった。 「モテるってのとは、ちょっとちゃうかも知れへんけどな」 圭介の言葉に、晶も陽も苦笑いする。 「あいつは女の子になら、平等に優しく接するからな。割り切っちまえば、女の子も楽だろうしな」 「あたしは、そう言うのは苦手やな」 晶はそう言うとまた苦笑いした。 その苦笑いに、圭介も陽も苦笑いを返す。 「連れとしてなら、何ら問題あらへんけどな」 そう言って、晶は笑った。 陸上部の競技の中で、短距離部門に属する北斗と真由子の出番は比較的早い方だった。軽い柔軟やウォームアップで、出番を待っていると、その出番はすぐにやってくる。 「佐竹先輩がんばれー!」 応援してくれるメンバーの中に、真由子の明るい笑顔がある。 北斗は照れながら苦笑いする。 「位置について!」 ストッパーに足を乗せ、体勢を下げる。 (やるだけ、やるか…) 「用意!」 北斗はそう思いながら、腰を上げた。 号砲が鳴る。 (よしっ!) 珍しく、スタートが上手くいった。 スタートが決定的に下手だと言われていたのにだ。 それでも、加速には定評があった。 ぐんぐんスピードに乗るのがわかる。 北斗はそうしてゴールを駆け抜けた。 「1着、菟原高校、佐竹北斗!」 「おっしゃっ!」 順位が宣告されてから、北斗は派手にガッツポーズをした。 今まで破れなかった壁を破った瞬間だ。 「佐竹やるじゃん!」 「やったな、佐竹!」 メンバーが次々と北斗に声をかけてくる。 「佐竹先輩、すごいです!」 その中に、真由子の姿もあった。 「斉藤もがんばれよ! おまえが陸上部のホープなんやからな!」 上機嫌の北斗は、そう言って笑う。 「任してください! ぶっちぎってきます!」 そう言って真由子は笑った。 真由子は完勝だった。 誰に影も踏ませることなく、本人が言ったとおりぶっちぎりで勝った。戎宮高校の二人も、同じ陸上部の3年生部員も全く歯が立たなかった。 その勝利を、自分のことのように喜んでいる自分が、北斗はおかしかった。 「佐竹先輩、勝ちました!」 少し息を弾ませながら、真由子は笑顔で戻ってくる。 「その調子で、インハイの予選もがんばれよ」 「任してください! がんばってインハイ行きますよ!」 そう言うと、二人は手を打ち合わせて笑った。 「佐竹のヤツ…」 「どしたの、晶ちゃん?」 スタンドで陸上部の競技を見ていた晶が漏らした言葉に、陽が気づいて顔を上げていた。 「いや、なんでもない」 晶はそう言うと、首を傾げる陽の横に腰を降ろして苦笑いする。 (佐竹のヤツ、そう言うことか…。真由子ちゃんに惚れたんやな…) 「晶ちゃん?」 晶の様子に、陽がもう一度声を掛けてくる。 「さっきからおかしいよ? どうかしたの?」 怪訝な顔の陽に、晶はもう一度苦笑いする。 (そう言えば、陽も高遠のことが気になりだした時に、あんな感じになったことあったなあ…) そう思うと、陽の頭を軽く叩く。 「晶ちゃん?」 陽が、もう一度怪訝な顔を晶に向ける。 「陽もがんばれよ」 晶はそう言うと、北斗の方を見て笑った。 もしも、陽が北斗に興味を持っていたら、結構似合いの二人になっただろうなと思いながら。 陽は、そんな晶を訝しんで首を傾げるだけだった。 圭介が野球を見に野球場へ行っている間に、出番の終わった北斗がスタンドへ戻ってきた。 「お疲れ、佐竹」 「お疲れさま」 その北斗を見つけて、晶と陽が声をかける。 「あれ? 高遠と武藤は?」 辺りをきょろきょろしながら、北斗はそう二人に聞く。 「武藤は朝方女に拉致られていったわ。高遠は野球見とおはずやで」 そう言って晶は笑う。 「それはそうと、佐竹、ちょっとこっちきいや」 晶は笑いながら、北斗を手招きする。 「なんや?」 晶の横に腰を降ろすと、北斗は怪訝な顔で晶に尋ねる。 「単刀直入に言うわ。あんた、真由子ちゃんに惚れたやろ」 「なっ!」 小声で言う晶の言葉に、北斗は声を上げて固まってしまった。その顔が赤い。晶の反対側の隣では、陽も驚いた顔を見せていた。 「心配しいな、武藤や高遠にも言わへんし、誰にも言わへん」 晶はそう言うと、北斗を見て軽く笑う。 「秘密にしといたる。だから、あんまり深刻になんなや」 そう言って笑う晶に、北斗は何も言い返せずに苦笑いするだけだった。 「陽、あんたもやで。他に喋りなや」 「う、うん。わかってるって」 振り返る晶の言葉に、陽は一瞬びっくりした後、そう言うと笑った。 その日、黙りを決め込んだ北斗、晶、陽のお陰で、何事もなかったように定期戦は終わり、無事に解散となった。 圭介は、定期戦が終わった後、これまたいつものようにバイト先に顔を出した。 「おっす! お疲れさん!」 控え室に入ると、いつものように恵里佳が笑顔で軽く右手を挙げる。 「よお! お疲れ」 圭介も、いつものように立ち上がる恵里佳に軽く挨拶をする。そうして部屋を出て行こうとした恵里佳はふと立ち止まった。 「ああ、そうや。こないだ、北斗がおかしい言うてたやろ? あれ、原因わかったで」 「へ? わかった?」 圭介はシャツのボタンにかけていた手を止めて恵里佳を振り向いた。 「ああ。やっぱり女やわ。陸上部に、背の低いショートカットの子がおるやろ? 北斗、その子に惚れてるみたいやな」 恵里佳の言葉に、圭介は怪訝な顔をする。 「背の低いショートカットの子?」 恵里佳の言葉を繰り返して、陸上部の面子を頭の中に並べていく。どこにも、ショートカットで背の低い女子生徒の顔は浮かばない。そうして、最後に心当たりのある顔に辿り着いた。 「真由子か!? あいつの惚れとるんて、真由子なんか!?」 「さあ? ウチは名前までは知らんけど、そんな名前なんか?」 圭介の反応を不思議に思いながら、恵里佳はそう言う。 「名前もなんも、俺の従妹や!」 圭介は思わず声を上げていた。 「そらあ良かったやん。下手な女に引っかかるより、対処しやすいやろ?」 恵里佳はそう言うとニッと笑ってから、少し表情を戻す。 「ま、しばらくは気づかん振りしといたり。まだ、なんも動いとらへんみたいやから」 「ああ。わかった。すまんな、恵里佳」 そう言う圭介に恵里佳はもう一度ニッと笑ってから控え室を出て行った。 (そうか…。みんなで遊びに行ってから、佐竹のヤツ…) 圭介はそう考えながら、バッと着替えをすます。 (真由子がどう思っとるんか知らんし、しばらくは様子見たらんとしゃあないんやなあ…) 控え室を出る時、圭介はそう考えていた。 (佐竹と、真由子なあ…) それなりに似合いかなと思いながら、圭介はドアを開けた客に声を上げていた。 「美幸! 美幸、ちょっと!」 同じ日の夕方、野球部のミーティングが終わって家に辿り着いた美幸は、部屋に鞄を降ろした瞬間、居間から母に呼ばれた。 「なに、お母さん?」 とことこと居間にやってきて、美幸は母にそう聞く。 「これ、さっき秀徳叔父ちゃんから貰たんやけど、お父さんもあたしも忙しいて行かれへんから、あんた、誰かと行っといで」 母はそう言いながら、美幸の手に2枚のチケットを乗せた。 「これ、今度の土曜日の阪神巨人戦のチケットやん! ホンマにエエの!?」 美幸は嬉しさに破顔しながら、母にそう聞き返す。 甲子園で行われるプロ野球の阪神巨人戦の外野席チケットは、すべて指定席、伝統の一戦と言うこともあってプラチナチケットだ。ほとんど手に入ることなどない。自他共に認める“トラキチ”の美幸には、どんな高価な宝石よりもすばらしい贈り物だった。 「叔父ちゃん、お父さんと行くつもりで買うたらしいねんけど、今、忙しいやろ? ほんなら美幸にやるって」 「うわあっ! ありがと、叔父ちゃん!」 美幸はチケットを胸に押し当てると、思わず天を仰ぐ。 「しっかり楽しんどいで」 母はそう言うと、笑いながら台所へ戻っていった。 「でも、誰と行こかな…?」 部屋へ戻るなり、美幸は机にそのチケットを置いて呟いた。美沙をはじめとする女友達で、そこまで野球に興味を持っている人はいない。そんな友人と言っても白けるだけだ。野球部のメンバーと行ってもいいが、私生活では野球部のメンバーとは距離を置いておきたかった。 「あ、そうや!」 美幸は思い出したように手を叩くと、破顔する。 「あんなエエ人がいるやん! 協力して貰おうっと」 美幸は笑顔でそう言うと、電話をかけるために部屋を出て行った。 To be continued… 2004.10.17 Ver.1.00 Up 2007.07.16 Ver.2.00 Up |