| じりりりりり! 目覚ましがけたたましく鳴り響く。 ベットから伸びた手がばしっとその目覚ましを叩いて止めた。 そして、起きあがった圭介は大きくをあくびをする。 「あ〜あ。今日から新学年かよ…」 眠そうな目でもう一度あくびをする。 「あ、ちゃんと起きてるんや」 ノックもせずにドアを開けた真由子が、感心したようにそう言う。 「始業式の日ぐらい、ちゃんと起きるわ!」 圭介は思わず真由子にそう言うが、真由子は笑顔を崩さない。 「毎日そーやってちゃんと起きてよ。朝ご飯できとおよ」 真由子はそう言うと、またドアを閉めて台所に戻っていった。 「ったく…。1日で行動パターン読まれてたまるか…」 圭介はそう思うと、ベッドから飛び出した。 「今年は、どんな年になるかな」 カーテンを開けて、窓の外を見る。 春の淡い霞の向こうから、ぼんやりとした太陽がのぞいていた。 1年時の旧クラスで集合した2年生は、新3年生と共に校庭で新学年の挨拶を受けていた。かったるいことこの上ないが、新任の先生の紹介やらなんやらと、いろいろと長くなる。 その長い拘束が終わった後、中館と南館の間の中庭に向かう新3年生を尻目に、圭介たち新2年生は新館と中館の間の中庭に移動し、新クラスを確認していた。 「晶ちゃ〜ん!」 長い黒髪を三つ編みにして一つにまとめた小柄な女生徒が、一人の女生徒の姿を見つけて手を振っていた。 「あ、陽!」 その姿に気づいたもう一人の女生徒ー高橋晶ーは、その女生徒ー葛城陽ーの元に駆け寄る。晶の方は、陽と違い、髪を短く切り、華奢な後ろ姿と立ち振る舞いは一見すると少年のようにも見えた。 「陽はどこのクラスや?」 「I組! 晶ちゃんも一緒よ」 聞いてくる晶に、陽は嬉しそうな顔を返す。人見知りで気弱な彼女がこういう自然な表情を見えせるのは、家族といる時以外はこの晶といる時だけだ。 「あっ、そうなんや! 中2以来やな、陽と同じクラスになるん!」 晶もそう言って顔をほころばす。 「うん! また1年よろしくね、晶ちゃん」 「ああ、こっちこそな」 本当に嬉しそうな陽に、晶もそう笑顔を返した。 「それはそうと、陽のお目当ては何組なんや?」 晶はそう言いながら、背伸びをしてクラス分けの掲示板をのぞき込む。 「晶ちゃん…」 そう言いながら、陽は晶のブラウスの袖を引っ張った。 「ん? どないした?」 気づいた晶が陽を振り返る。 「同じクラスなの、また」 少し頬を染めた陽が恥ずかしそうに言う。 「え? そうなんか!?」 陽はそう言うと驚いて掲示板を振り返った。 高遠圭介。 確かにその名前は自分の名前の一つ前に書かれていた。 中館4階の真ん中に位置する2ーIの教室は、もう既に騒がしさを増していた。 圭介は、その中で二人の悪友の姿を見つけて、嬉しいような悲しいような、複雑な表情を見せていた。 「よお、高遠!」 そう言いながらニヤニヤ近づいてきたのは、校内外を問わず、『種馬』のふたつ名で呼ばれている武藤潤一郎だ。 「今年も同じクラスやな。また、よろしく頼むな」 やや長い髪をかき上げながら、圭介を見下ろして潤一郎は笑う。 「武藤とは去年限りにしたかったわ」 圭介は軽くため息をつくと、呆れたように潤一郎を見た。 「そうつれないこと言うなや! 俺とおまえの仲やないか」 「誰が!」 そう言いながらじゃれてくる潤一郎を圭介は容赦なくはたく。 「俺も一緒なんやで。忘れんとってくれよ」 そう言いながら、もう一人の悪友、佐竹北斗ものんびりとやってきた。 彼は潤一郎と違い、陸上一筋の熱血くんだ。全く正反対の彼らが、なぜ上手く友情を育めているのか、 圭介は時々わからなくなることがある。 「佐竹は歓迎するぞ。害があれへんから」 「俺は害虫かよ!?」 圭介の言葉に、潤一郎が苦笑いしながら声を上げた。 「武藤が害虫以外のなんやって言うんや」 北斗もそう言って苦笑いする。 鷹揚に頷く圭介を見ながら、潤一郎はまだ苦笑いをしていた。彼らの間でこういう会話は日常茶飯事だったから、潤一郎はボケたりツッコんだりはするものの、声を荒げるようなことは全くなかった。だからかな、と思ったりする。 やがて、そんな彼らをひとつの声が追い越した。 声に、圭介は振り返る。 「美幸? おまえ、美幸か?」 声をかけてきた女生徒を見て、圭介は素っ頓狂な声を上げていた。 「久しぶりやね、圭介。小学校以来」 圭介に声を掛けてきた女生徒−柴田美幸−は、そう言って顔をほころばせた。 彼女と圭介は家が近いため、幼い頃からよく遊ぶ仲だったのだ。それが中学入学と同じくらいにぷっつりと親交が途絶え、今まで忘れていた名前だった。その美幸がいきなり目の前に現れた。驚くなと言う方が無理だった。 「おまえ、菟原やったんや」 まだ驚いた表情で、圭介は美幸にそう聞く。 「うん。圭介も菟原やったんやね。クラス替えの掲示板で、圭介の名前見た時は驚いたわ」 美幸はそう言って笑う。 「そうやな。俺も驚いたわ…。まあ、今年1年、よろしく頼まあ」 「うん、よろしくな」 美幸は圭介にもう一度そう笑いかけると、自分にあてがわれた席へ移動した。 「おい、アレ、柴田美幸やな?」 ニヤニヤした顔で潤一郎がそう圭介に聞いてくる。 「そうやで? それがどうかしたんか?」 「どうしたもこうしたもあるか! 柴田美幸って言えば、野球部のマネージャー! 運動部の連中の間じゃアイドルやぞ! な、佐竹?」 興奮気味の潤一郎にそう振ってこられ、北斗は苦笑いする。 「そうなんか?」 圭介はもう一度美幸を振り返る。 確かに、自分の知っている幼い美幸から比べると、随分とあか抜け、美しく成長したのだなと思える。だが、その地の底まで知っている圭介には、とても美幸がアイドルとは映らなかった。 「そうなんや! おまえ、柴田と幼なじみなんて、恵まれとおぞ!」 「そうかあ…?」 半信半疑の圭介に、なおも潤一郎は力説する。 「柴田のあの長い髪、できればベッドの中で撫でてみたいぜ」 拳を握ってそう言う潤一郎に、北斗は苦笑いし、圭介は呆れていた。 「いつまでも言ってろや」 今にもため息をつきそうな顔で言う圭介に、北斗はいつまでも苦笑していた。 2−Iは45人の大所帯だ。 圭介は左から3列目の前から3番目。 その後ろには晶の席があり、左横の席は陽が緊張した面持ちで座っていた。 やがて、初日が終わる。 特別なことがない日だけに、11時過ぎにはもう解放されていた。 「高遠!」 晶が帰ろうと鞄を手にした圭介に声を掛ける。 「え〜と?」 ぱっと何のことだかわからない圭介は怪訝な顔をする。それよりも、目の前の晶が誰だかわかっていない。 「あたしは、高橋晶。さっきの自己紹介聞いてへんかったんか?」 少し不服そうな顔で、晶はそう言う。 「その高橋が、なんや?」 まだ怪訝な顔を消さないまま、圭介はそう聞き返す。 「席が前後になった縁。しばらく、よろしくってな」 晶はそう言うとようやく笑った。 「あ? ああ」 圭介は訳がわからずに、頷き返すしかない。 「こいつは葛城陽。去年も高遠と一緒やったはずやけど、こいつもあたしの友達やから、一緒によろしくな」 強引に自分の横に立たせた陽をそう紹介する。 「よ、よろしくね、高遠くん…」 「あ、ああ。よろしく…」 陽の一歩退いたような気弱な態度に、圭介も思わず引きずられるように軽く会釈を返した。 「ま、せっかく1年一緒になったんやから、楽しくやろな。じゃ!」 晶は笑顔でそう言うと、陽を急かせるようにドアに向かう。 「じゃ、じゃあね、高遠くん…」 ぎこちない感じの陽の笑顔を残して、二人の姿は教室から消えた。 「おまえ、モテんなあ…」 そのやりとりを横から見ていた潤一郎が、少なからず呆然としている圭介に茶々を入れにやってくる。 「そうなんか? しかし、変わったやつやなあ…」 晶と陽が帰っていったドアを見ながら、圭介はそう言う。 「高橋は結構かわいいやろ? あれでも役者の卵らしいぞ。時々TVのエキストラで顔見かけるけどな」 「へえ、そうなんか」 潤一郎の声に、圭介は無感動にそう答えた。 「おまえ、相変わらず無感動やなあ」 潤一郎は拍子抜けしたように呆れる。 「って言われてもなあ…。どんなやつか全然知らんし」 「これからお知り合いになればええやないか! 葛城は去年も一緒やったやろうが? 覚えてへんのか?」 「あんな娘おったか…? 印象全然ないわ」 圭介はそう言って首を傾げた。その様子に北斗が苦笑いする。 「いくら地味やからっていってもやな、女の顔は全員覚えておくのが礼儀やろうが」 「それは武藤だけやと思うぞ」 潤一郎の言葉に、北斗がいいタイミングでツッコむ。 「とにかく、あの二人の顔は覚えておいて損はない! この俺が言うんだから間違いあらへん!」 「おまえが言うから、アテにできん気もするけどな」 「まあ、女のことは、武藤の言うことに間違いないわ」 呆れ顔の圭介に、北斗は苦笑いしながらそう言っていた。 「やろ? 佐竹はよおわかっとおよ!」 武藤が大げさにそう言うと、後ろの方の席で吹き出す声が聞こえた。圭介たちが振り返ると美幸が今にも笑い出しそうな顔で口元を押さえていた。 「美幸…?」 「ごめんごめん! 聞こえてくる声があんまり面白かったから」 美幸は目の端に浮いた涙を拭きながら、圭介たちにそう声を返してきた。 「武藤くんと、佐竹くんやよね」 美幸は3人の元にやってきてそう笑った。 「今年は楽しいクラスになりそうやなあ。あたしは、柴田美幸。よろしくね」 「ああ、俺は武藤潤一郎! 困ったことがあったら、何でも俺を頼ってくれよな」 「俺は佐竹北斗。よろしく」 張り切る潤一郎と、いつも通りの北斗の様子を見ながら、圭介は思わずため息を漏らしそうになる。あまりにも、以前の美幸と変わらない姿を見せられてしまった。この人懐っこさで『アイドル』などと呼ばれる存在になってしまったのだろうと想像がつく。 「圭介は?」 いたずらっぽい笑みで、美幸はそう圭介に聞いてきた。 圭介は少しだけため息をつく。 「高遠圭介だ。よろしくしてやる」 「え〜、なんか偉そう」 思わず口をとがらせる美幸に、圭介はもう一度軽くため息をついた。もう何年も会っていない幼なじみに対する態度がもう既にこれなのだ。普通の男なら、これで一発にやられてしまうだろうなあと。 「高遠圭介だ。よろしくな。これでええか?」 圭介の軟化した態度に、ようやく美幸は笑顔で頷いた。 「あ、おにーちゃん、お帰り!」 部屋に帰り着きドアを開けると、明るい真由子の声が出迎えた。 一瞬、呆気にとられて立ちつくす。 「なにやってんの、おにーちゃん?」 怪訝な顔をする真由子を見て、ようやく圭介は合点がいった。 「あ、そーか。おまえ預かってたんやな。久しぶりに学校へ行って、すっかりおまえの事飛んどったわ」 圭介はぽんと手を叩くと、一人納得顔でそう言う。 「え〜っ、もうわたしのこと忘れてんの〜! ひどーい!」 頬をぷーっとふくらせて、真由子はそう声を上げる。 「やぁ、悪い悪い。なんで真由子がここにおるんかとすっげー考えてもうたわ」 圭介は言いながら、学生服を脱いで部屋に放り込む。 「明日、本当に頼むんやからね。予定とか入れてへんよね?」 少し不安そうな顔になって、真由子はそう聞いてくる。 「だいじょーぶ。何もなかったら、明日はバイトに入る予定やったから」 圭介はそう言いながら、安心した真由子の顔を見た。 「そっか。なら、よかった」 真由子はそう言うと、途中だった昼食の準備に再びレンジに向かった。 圭介は改めて真由子の背を見る。 子供の頃から小柄だったが、高校生になろうかというこの歳になってもまだ背中は小学生のように見える。それでも、子供っぽさの抜けた背中に、真由子も大人になっていくんだなあなどと年寄り臭い考えも浮かんだ。 「なあ、真由子」 「なあに?」 ふいに声を掛けた圭介に、真由子は振り返りもせずに声だけを返してくる。 「おまえ、なんでここに居候する気になったんや? おまえくらいの家事能力があれば、一人でも十分に暮らせるやろに」 圭介は一昨日の夜から感じていた疑問をふと口にする。 「だって、一人より二人の方がいいに決まってるやんか」 真由子はようやく振り返ってそう言う。 「これでも、いちおー年頃の女の子なんよ。一人やと危ないやないの」 真由子は少し唇をとがらせるようにした。 「いちおーな、一応」 「おにーちゃんが言うなぁ!」 真由子は思わずそう声を上げる。 圭介はその表情を見ていて、子供の頃から真由子が寂しがり屋だったことを思い出していた。一人っ子として育ったのはお互い一緒なのだが、真由子は本当に一人にされることが苦手だったなと。だから、ここに来ることを選んだのだろうとようやく思い至る。 「ま、すべて安泰とは言わんが、泥船に乗ったつもりでどーんといろ」 「それ、沈むってば!」 真由子はようやく笑顔になってそう言い返してきた。 圭介もその反応で笑顔を返す。 一人で素っ気なかった2年間が嘘のように、真由子がこの部屋に笑顔を運んでくれた。 ほんの少しだが、この幼い笑顔に救われた気がした。 「ま、明日からは俺のことを先輩として崇めぇ」 「やだ! おにーちゃん無所属でしょ? わたしは、陸上部って決めとおもん!」 真由子は舌を出すとそう言って楽しそうに笑った。 開け放した窓から、春風が桜の花びらを運んできた。 春が、モノトーンの部屋に、明るい花を連れてきてくれた。 「ま、飽きるまでここにいろ。俺も助かる」 そう言う圭介に、真由子は嬉しそうに、本当に嬉しそうに大きく頷いた。 To be continued… 2004.09.07 Ver.1.00 Up. 2004.10.18 Ver.1.10 Up. 2007.07.15 Ver.2.00 Up. |